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高知地方裁判所 昭和31年(行)6号 判決

原告 尾立国一

被告 赤岡税務署長

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、双方の申立

原告は「被告が昭和三十年六月二日原告の昭和二十九年度分の総所得金額につきなした更正決定中総所得金額二十万円を超過する部分はこれを取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、

被告指定代理人等は主文と同旨の判決を求めた。

第二、双方の主張

原告は、請求原因として、原告は肩書住所で鋸の製造販売を業としているものであるが、昭和二十九年度の総所得金額を金二十万円として確定申告書を被告に提出したところ、被告は右申告に対し昭和三十年六月二日その総所得金額を金三十四万四千八百円と更正する旨の決定をなし原告は同月三日その旨の通知を受けたので同年七月一日被告に再調査の請求をしたが、被告は同年九月二日その請求を棄却する旨の決定をなし原告は同月三日その旨の通知を受けたので同年九月二十九日高松国税局長に対し審査の請求をしたところ、同局長は昭和三十一年二月六日これを棄却する旨の決定をなし原告は同月七日その旨の通知を受けたが、原告の昭和二十九年度における総収入金は百二十七万五千三百八十円(その内訳は製品総売上金百二十七万千八百八十円、雑収入金三千五百円)であり必要経費は百五万六百四十二円八十銭(その内訳は製品製造原価百三万五千九百八十二円八十銭、未収入金九千四百四十円、販売経費五千二百二十円)であるから右の総収入金額から必要経費を控除した金二十二万四千七百三十八円が右年度における原告の総所得金額である。(なお右年度における原告の鋸の総売上枚数は四千四百五十八枚であり、右の製品製造原価の内訳は材料費三十一万三百二十八円(期首棚卸高が二万一千二百八十円、鋼材仕入高が三十五万五千百六十八円、期末棚卸高が六万六千百二十円であるので、右の期首棚卸高と鋼材仕入高の合計三十七万六千四百四十八円から右の期末棚卸高を控除した残額三十一万三百二十八円が材料費である。)雇人費十七万千五百三十円、外注工賃三十三万百二十四円八十銭、製造経費二十二万四千円(その内訳は電力料二万二千六百十八円、燃料費十三万四千七百八十五円、公租公課一万五千五百九十七円、減価償却費一万五千円、消耗品費三万円、雑費六千円)である。)従つて被告の前記更正決定中総所得金額二十万円を超過する部分は違法であるからその取消を求めるため本訴に及ぶと述べ、

被告指定代理人等は、答弁として、原告がその主張の如く鋸の製造販売を業としているものであること及び原告が被告に確定申告書を提出してから高松国税局長の審査請求棄却の通知が原告になされた迄の間の事実が原告主張のとおりであることは認めると述べ、原告の昭和二十九年度における総収入金は金百三十七万六千四十四円(その内訳は製品総売上金百三十七万二千五百四十四円、雑収入金三千五百円)であり必要経費は金九十五万四千七百五十一円(その内訳は製品製造原価金九十四万九千五百三十一円、販売経費五千二百二十円)であるから、右の総収入金額から必要経費を控除した金四十二万一千二百九十三円が右年度における原告の総所得金額である。そして右の製品総売上金は右年度における鋸の総売上枚数が四千四百五十四枚であるのでこれにその一枚当りの平均売上単価三百八円十六銭を乗じて算出したものであり、製品製造原価の内訳は材料費二十九万五千九百六十四円(期首棚卸高が二万一千二百八十円、鋼材仕入高が三十五万五千百六十八円、期末棚卸高が八万四百八十四円であるので、右の期首棚卸高と鋼材仕入高の合計三十七万六千四百四十八円から右の期末棚卸高を控除した残額二十九万五千九百六十四円が材料費である。)、雇人費十五万七千五十二円、外注工賃三十万八千百六十二円、製造経費十八万八千三百五十三円(その内訳は電力料二万二千六百十八円、燃料費十万千五百円、公租公課一万五千五百九十七円、減価償却費二万千五百二十八円、消耗品費二万千百円、雑費六千十円)である。なお所謂間接的認定方法により昭和二十九年度における原告の資産、負債の増減、生計費及び家事関聯費等の支出等より推計せられる所得金額は五十一万八百七十四円である。以上のとおりであるが他の同業者との関係その他諸般の事情を考慮して内輪に金三十四万四千八百円と更正決定したのであるから右決定は何等違法ではなく、その取消を求める本訴請求は失当であると主張した。

第三、証拠〈省略〉

理由

原告がその主張の如く鋸の製造販売を業としているものであること及び原告がその昭和二十九年度における総所得金につき被告に確定申告書を提出してから高松国税局長が原告に審査請求棄却の通知をした間の事実が原告主張のとおりであることは当事者間に争がないので、以下昭和二十九年度における原告の所得金額について判断することゝする。

政府は、青色申告書を提出することを認められている個人の青色申告書の提出を認められている年分に係るその提出を認められている所得について更正決定をなす場合においては、その帳簿書類を調査した上でこれをなすべきであるが、それ以外の場合は、所謂間接的認定方法により財産の価格若しくは債務の金額の増減収入若しくは支出の状況又は事業の規模により所得の金額又は損失の額を推計することも許されるのであつて、このことは所得税法第四十五条の明定するところである。然しながら適正な課税のためには独り青色申告の場合に限らず正確な内容の帳簿書類が完全に保管せられている以上これを調査してその所得を計算することの望ましいことは謂う迄もないが、正確な内容の帳簿書類が保管せられておらず他によるべき証憑もない時に所謂間接的認定方法によつて所得金額を推計することは法の許容するところであり真に止むを得ないところでもある。そして本件にあつては証人尾崎正一の証言と弁論の全趣旨を綜合すると原告は昭和二十九年度の営業について正確な内容の帳簿書類を保管していないことが認められる(成立に争のない乙第二号証の一乃至十一と弁論の全趣旨によると原告はその昭和二十九年度の収支について確定申告、再調査請求、審査請求、本訴の各段階においてその主張する数字が一定せず、本訴提起後においても弁論終結迄の間に屡々これを変更していることが認められるが、これは計算の杜撰ということもないではないが、原告が正確な内容の帳簿書類を保管していないことの明らかな証左でもある。)し、当事者双方の全立証を仔細に検討しても原告の昭和二十九年度における所得金額を所謂直接的認定方法によつて正確に計算することは困難であつて、(若しこの方法をとろうとすれば、原告が常時その営業に専従し然も多年の経験を有するものであるから正確な内容の帳簿書類を保管していなくてもその経験上収支計算に必要な数字は自らこれを記憶しているか或いは然るべき方法によりこれを適確に推認し得るとの前提の下に、鋸の総売上枚数、雑収入金、必要経費の全科目について原告が再調査請求或いは審査請求或いはその他の段階において主張した数字を正確なものとして取り扱わなければならないが、その主張する数字の一定しないこと前記の如き本件においては右の前提を肯認することが困難であるから、格別の理由もないのに前記の如く原告の主張した数字を正確なものとして取り扱いこれを基礎にして所謂直接的認定方法により所得を計算することは適切でない。)寧ろ所謂間接的認定方法により昭和二十九年度における原告の財産の価格若しくは債務の金額の増減、収入若しくは支出の状況によりその所得金額を推計するのが相当である。(本件においてはこの方法によつても後記の如くなおハンマー、ガイドガーター、目落等の重要機械の取得時期とその金額、昭和二十九年度の期首及び期末における仕掛品、原材料、現金の保有高、昭和二十九年度における原告方の家族数及び支払つた生命保険料等について原告が行政争訟の段階において主張した数字を正当なものとして取り扱わなければならないが、これ等の数字はその性質上比較的正確にこれを記憶し得るものであるのみならず、確定申告後本訴における弁論終結迄の各段階を通じてこれ等の数字に関する主張に変化があつたことも認められず、これ等の点からしてその数字は特に反証のない限り相当信頼に値いするものと看て良いのである。)

よつて案ずるに成立に争のない乙第二号証の九によると原告が昭和二十九年二月にハンマーを八万五千円で、同年五月にガイドガーターを一万五千円、目落を四万で買い受けていること、成立に争のない甲第十六号証乃至甲第十九号証、乙第三号証と証人橋田美登、同武智賢の証言を綜合すると原告が昭和二十九年七月マグネチツク平面研磨機を四十七万四千五百二十円で取得していること、成立に争のない乙第二号証の二及び四によると昭和二十九年度の期首には原告方に五千六百五円相当の仕掛品があつたが期末には二万七千八百円相当の仕掛品があり、又期首には一万五千六百七十五円相当の原材料があつたが、期末には五万二千六百八十四円の原材料がありり、これ等の面での年間資産増加額が五万九千二百四円に及ぶことが認められ、右認定の諸事実によると原告の昭和二十九年度における積極的資産の増加額は六十七万三千七百二十四円であり、(なお成立に争のない甲第二十号証によると原告は昭和二十九年十月頃五馬力モーターを取得したことが認められるが、その価格が明らかでないのでこれは右の計算には考慮しない。)又成立に争のない乙第九号証の一、二によると昭和二十九年度における徳島市の一般消費者一人当りの月間消費支出金額が四千二百九十三円であり、成立に争のない乙第二号証の十一によると昭和二十九年度において原告方は七人家族であつたのであるが、徳島市と原告居住地たる土佐山田町との昭和二十九年度における物価水準(これは当地方における公知の事柄である)に鑑みると昭和二十九年度における土佐山田町の一般消費者一人当りの消費支出金額は徳島市におけるそれの略々十分の九と看るのが相当であるから、特に反証のない以上原告方においては昭和二十九年度中に三十二万四千五百五十円の生計費を支出したものと看るのが相当であること、成立に争のない乙第十二号証によると原告が昭和二十九年中に金六千八百円の所得税を支払つていること、成立に争のない乙第八号証によると原告が昭和二十九年中に金二千円の町民税を支払つていること、成立に争のない乙第二号証の一によると原告が昭和二十九年度中に支払つた生命保険料が一万一千円であることが認められ、右認定の諸事実によると原告の昭和二十九年度における支出金額が三十四万四千三百五十円であり、又成立に争のない乙第六号証、証人武智賢の証言により成立の認められる乙第十号証及び右証言によると昭和二十九年度の期首には原告は十万四千七百七十円の買掛金債務を負担していたが期末にはその額が八万七千百八十二円であつたこと、成立に争のない乙第七号証によると昭和二十九年度の期首には原告の未払事業税は一万一千六百円に及んでいたが期末にはそれが六千百三十円に減少していたことが認められ、右認定の諸事実によると原告の昭和二十九年度中における債務の減少額は二万三千五十八円であり、一方成立に争のない乙第二号証の十によると昭和二十九年度の期首には原告は金四万二千三百六十円の現金を保有していたが期末にはそれが一万八千六百四十円に減少していたこと、証人勝占忠能の証言と右証言により成立の認められる乙第十一号証によると昭和二十九年度の期首に原告は五万三円の予金債権を有していたが期末にはそれが二百八十九円に減少していたこと、成立に争のない乙第三号証乃至乙第五号証と証人川口亨、同武智賢の証言を綜合すると昭和二十九年度の期首に原告は金六万九千九百七十三円の売掛債権を有していたのに期末にはそれが金五万四千三百八円に減少していたことが認められ、成立に争のない甲第十六号証乃至甲第十九号証、乙第二号証の九、乙第三号証と証人橋田美登、同武智賢の証言を綜合すると昭和二十九年度における原告の資産として減価償却計算の対象となるものに工場、グラインダー、ハンマー、ガイドガーター、マグネチツク平面研磨機、目落があるが、工場は昭和二十二年十月に十万円で、グラインダーは昭和二十六年に一万円で、ハンマーは昭和二十九年二月に八万五千円で、ガイドガーターは同年五月に一万五千円で、マグネチツク平面研磨機は同年七月に四十七万四千五百二十円で、目落は同年十月に四万円で取得せられたものであることが認められるが、その耐用年数は所得税法第十条の三第一項、同法施行規則第十条、昭和二十六年五月三十一日大蔵省令第五十号固定資産の耐用年数等に関する省令第一条、同令別表二「三百十一の四作業工具(機動のもの及びやすりを除く)製造設備」により二十年であると認めるのが相当であるので、所得税法第十条の三第一項、同法施行規則第十二条の十二第一項第一号、第四項に規定するところに従つて計算すると、その減価償却額は二万三十三円であり、右によると原告の昭和二十九年における積極的資産の減少額は十万九千百三十二円であり、成立に争のない甲第十六号証乃至甲第十九号、乙第三号証と証人橋田美登の証言を綜合すると原告は昭和二十九年七月頃マグネチツク平面研磨機買入れのため他から金四十五万円を借り入れていることが認められるので、その昭和二十九年度における債務の増加額は四十五万円である。以上のとおりであるから結局原告の昭和二十九年度における所得金額は積極的資産の増加額六十七万三千七百二十四円、支出金額三十四万四千三百五十円、債務の減少額二万三千五十八円の合計額百四万千百三十二円から積極的資産の減少額十万九千百三十二円、債務の増加額四十五万円の合計額五十五万九千百三十二円を減じた四十八万二千円であると看るのが相当である。

従つて被告が右金額の範囲内で他の同業者との関係その他諸般の事情を考慮して原告の昭和二十九年度における所得金額を金三十四万四千八百円と更正決定したのは何等違法ではなく、その一部取消を求める本訴請求は失当であるからこれを棄却すべきである。よつて訴訟費用の負担につき行政事件訴訟特例法第一条、民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 合田得太郎 北後陽三 阿蘇成人)

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